遊ぶため生まれている
人は何の為に生まれてきたのか?
ずばり、遊ぶため
遊ぶとは、知性的である証であり、心を満たすための必要不可欠な行為のことなので、人が人として生きていく上で、遊びがないと言うことは、それは、人らしい生活ができていないということに値します。
遊べていないと、心は欠乏感に支配されて、知性も低下していくので、創造的な仕事も出来なくなります。
仕事のアイデアは、遊びの中にこそあるので、真剣に遊べる環境、仲間、時間を作る必要があります。
経済は、必要ですが、経済が無くても遊びは作れるものです。
遊ぶために生まれてきた
遊びをせんとや生れけむ 戯れせんとや生れけん
遊ぶ子供の声きけば 我が身さえこそ動がるれ
梁塵秘抄より抜粋している有名な一節ですが、大まかな意味としては、
遊ぶために生まれて来たのだろうか。戯れるために生まれて来たのだろうか。
遊んでいる子供の声を聴いていると、感動のために私の身体さえも動いてしまう。
遊びには、心が躍動的になる部分が多くあるので、大人も大いに遊びを極めていきたいものです。